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ひまじん、日本で最も憧れていた地へ。義経に憧れ、そして奥州藤原氏が眠る平泉編。

Tabi × 奥州平泉

こんばんは。Kotaです。 

さて、ここから内陸に入って行きます。

というのも、太平洋側を行きたかったのですがこの時の台風16号(めちゃくちゃでかかった)の影響で岩手県、宮城県の海岸線が土砂崩れ等で通行止めになっているところもあり断念。

岩手では土砂崩れが特にひどく、孤立集落も出ているらしく、凄まじい被害が東北地方に出てしまいました。

 なので、内陸に入り、盛岡を通ってある場所へ。

それは僕が日本で最も憧れていたと言っても過言ではない場所。

 

”奥州平泉”

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奥州平泉とは?

平安時代末期から奥州藤原氏三代で栄えた歴史深い土地です。

なぜ僕が憧れていたかというと、もちろん”源義経”です。(藤原氏じゃないんかーい)

頼朝に追われた義経は藤原氏を頼って、この平泉の街まで落ち延び、奥州藤原氏3代目、藤原秀衡の庇護をうけていました。 

平泉もユネスコの世界遺産に登録されている街です。奥州藤原氏に関わる寺院や遺跡等が認められています。世界文化遺産としては、東北第一号となります。

京都に影響されながらも、それに劣らない独自の文化を発展。ですが、奥州藤原氏の滅亡とともに衰退し、その当時の形がそのまま残っていることが評価のポイントだったそうです。

 

中尊寺 

平泉に来て、外せない場所、というか平泉まで来てここに来なければ何しにきたの?って言われるところ。”中尊寺”。藤原氏三代の想いが詰まったお寺さんです。

清衡の時代に、戦いで亡くなった全ての人々、自らの家族、そして自らの極楽浄土を願い、中尊寺の寺観を整えました。藤原氏滅亡後は、源頼朝により庇護されてきました。

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本堂までの長い坂道”月見坂”は結構体にこたえましたが、樹齢何百年であろう杉の木に囲まれた山道はなんとも気持ちの良いところでした。あとで調べてみると樹齢300年。江戸時代に植樹されたそうです。

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本堂

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本堂で参拝。そして本堂後にし、憧れに憧れていた場所へ足を進めます。

ツアーでしょうか。僕のじいちゃん・ばあちゃん世代がたくさんきていました。

この歳になってもアクティブに動き回っているのが、日本の長寿の秘訣なんでしょうか。 

中尊寺 詳細

http://www.chusonji.or.jp/index.html

 

拝観料 :大人  800円

     高校生 500円

     中学生 300円

     小学生 200円

 

拝観時間:3/1 ~ 11/3      8:30AM ~ 5PM

                 11/4 ~ 2月末 8:30AM ~ 4:30PM

駐車場 :あり

     普通車 400円

駐車場は月見坂の麓にあります。

 

金色堂

僕が小学生の時に、これを勉強してからずっと思い続けていた場所。

やっとこれました。本当に来れて嬉しかった。

 

”中尊寺 金色堂”

 

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奥州に憧れるきっかけになった場所です。国宝建造物第一号で、中は撮影禁止でしたが心のシャッターを切りまくってきました。

 

本当に感動。

未だになんて言葉にして良いのか分かりません。

 

小一時間見つめてた。中では音声ガイダンスが流れています。これを何周聞いたか。

ずっと想っていた場所にくると人は言葉を失うんですね。笑 恋愛に似ている。

 

本当に、実際に行って見て欲しい。

僕は毎年京都に行っていて、たくさんの歴史ある神社仏閣をみてますが、正直、金色堂はダントツで歴史を感じれた。言葉にできないたくさんの感情が心に湧いてきた。

こんな感覚今までになかったから、未だに本当に口にできない。だけどこの感覚を味わせてもらえて、経験させてもらえて感謝です。いつか言葉にできるのかな。

金色堂の地下には、奥州藤原氏三代のミイラと4代目泰衡の首級が収められていますこの地で眠っていると思うだけでゾクゾクします。 

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現在では、覆堂の中でガラスケースに囲まれています。建立当時は風雨にさらされた状態だったそうです。建立から数十年後、覆堂が建てられ風雨から守られることとなりました。当時の覆堂は1962年まで約500年間使われ、今ではコンクリート造の覆堂に建て替えられています。

当時の覆堂は旧覆堂として100mほど離れた場所に移築されています。

 

金色堂 詳細

金色堂 | 関山 中尊寺

中は撮影禁止になっています。

 

毛越寺

平泉の地に来る前は、毛越寺(もうつうじ)も行くつもりだったのですが、ここはあえて残しておこうと思いました。

 

迷いに迷いましたが、次の楽しみにとっておくのと、気持ちは海外へ向いていたので、平泉はまだまだ僕にとって憧れの地であって欲しかったのです。日本に帰って来る理由をとっておきたかったのです。

 

毛越寺は奥州藤原氏2代目の基衡、3代目の秀衡によって清衡の意思を継ぎ、大規模な伽藍建立が行われたお寺です。もちろん、平泉の世界遺産群の1つでもあり、毛越寺庭園は国の特別名勝にも指定されています。

 

”中尊寺””毛越寺”・松島の”瑞巌寺”・山形の”立石寺””四寺廻廊”という巡礼コースの1つにもなっています。

別記事で書きますが、今回の旅では松島の瑞巌寺にも行ってきたので、残るは毛越寺と立石寺。この2つを次の旅で行こうと思っています。

 

まとめ

僕の憧れの地、”奥州平泉”

義経に惹かれて行ったこの土地。奥州藤原氏は義経を庇護したいい人!!ってイメージしかなかったのですが、奥州藤原氏の歴史に奥深さに迫れた、そして藤原氏が好きになれた濃い旅でした。ここにはまだまだ僕の憧れがたくさん残っています。帰国した時には必ず行こうと思います。

 

そして、もっともっと多くの方に、この平泉の地を知ってもらうように努力していきたい所存です。

ちなみに岩手県は盛岡も寄る予定だったのですが、平泉を目の前にして盛岡への気持ちが薄れたのでスルーしました。笑

 

次の旅へ続く⇨

 

See u later!!!
Kota

 

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